海外在住の友人に遊びに来いと誘われて、今、とても迷っている。 経済的にもスケジュール的にも、どうにもキツいのだ。しかも、彼の住む所はあまり治安がよろしくないので、何となく二の足を踏んでしまう。海外では、知らずの内に犯罪に巻き込まれることも多いし。

数年前にニューヨーク旅行に行った時、そこで知り合ったA君に聞いた話を以下に記すことにする。
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A君は、独りで街中を散策している時、すごく大切にしていた腕時計が無くなっていることに気づいて、なぜかそれを「スリに会った」と解釈してしまったことがある。数分前、すれ違いざまに身体がぶつかった黒人男性の、その、ぶつかり方があまりにも不自然だったのを思い出したのだそうだ。

スリのテクニックのひとつを見せつけられた、と考えた彼は、走りに走ってその男性を捜し回った。で、発見するや否や、かなりのブロークンイングリッシュで「ぼくの腕時計について何か知ってるんじゃないですかね?」とまくし立てたのだという。

「ものすごい怖かったんだけど、本当に大切なものだったので必死になってしまった。かなりハイになっていたんだと思う」

A君は当時の興奮を、そう振り返る。結果、何が起こったか。

その黒人男性は、なぜか自分の身につけていた腕時計をA君に渡し、転がるようにしてその場から逃げ去っていったのだそうだ。

そりゃそうだろう。息を切らした東洋人に後ろから肩をつかんで呼び止められ、手首を掴まれ、そこにはめられた腕時計を指差しながら異国語で何やらまくし立てられるのだ。その図は、どこからどう見ても「今まさに、腕時計を強奪されようとしている人」である。当の黒人男性にしてみれば、それはもの凄い恐怖体験だったに違いない。

当然「戦利品」の時計はA君のものではなかった。彼が無くしたと思いこんでいた腕時計はその時、実はというか案の定というか、ホテルの枕元に転がっていたのだ。

こうしてA君は、いつのまにか追い剥ぎ強盗に成り果てていたのだそうである。

大都市ニューヨークは、やはり危険と隣り合わせの街であった。そしてそれは、いつも思わぬ形でやってくるのだ。

海外では犯罪に遭うことが多い、というのはどうやら真実のようである。でも、これはちょっと意外すぎる展開だという感も拭えない。