深夜、繁華街で若い女の子が悲鳴を上げている現場を通りかかった。地面にヘタりこみ泣き叫んで抵抗しているのを、屈強な男が手首を掴んで引きずろうとしてるではないか。

一度は車で通り過ぎたものの、犯罪の臭いというかどうにも捨て置けない雰囲気だったので、しばし迷ったあげく、助けに行くことにしたのでした。

註;ここで誤解しないでほしいが、ぼくは別にエエカッコをしたくて書いてるんじゃない。なにしろ、いざとなったら背負いで投げ飛ばしてやるつもりだったのである。女の子を。男に向かって。男があっけにとられて思考停止した隙に、自分だけ逃げ仰せようという算段である。しばし迷ったのは、非力なぼくが女性を背負えるのかどうかを見極めていたのだ
とにかくぼくは車を降りて、まずは注意をしに行くことにしたのだった。

何やら泣き叫ぶ女。言い返す男。深夜の水銀灯に浮かび上がる修羅場。一歩近づくごとに心臓が飛び出そうになる。やっぱりこのまま素通りしてしまおうか……

と。目線を合わせないよう俯きながら、現場まであと5mと近づいた瞬間である。その時はじめて、女性の言葉がはっきりと聞き取れたのだった。「まだ飲みが足りないっつってんでしょ!」

女性はドロドロの酔っぱらいだった。そして男性は、もうどこも閉まってるから風邪をひかない内に帰ろうよ、とすごくいい人。
かくしてぼくは本当に素通りをするハメになったのでした。

こういうのって本当に恥ずかしいというか自分に折り合いがつかないというか、タマらないものがある。勝手にカンチガイして勝手に盛り上がって、なんだかまるで馬鹿みたいではないか。(まるで馬鹿ではないようなことを言っているあたりが我ながらホンモノだ)
結局振り上げたコブシの持って行き場所を失ったぼくは、20m先に自販機の灯りを見つけ、「缶コーヒーを買うために車を降りた人を装えば不審な奴には思われまい」と考えつき、小走りで彼らの横を通り抜け、ただまっすぐに歩き続けたのでした。まっすぐまっすぐ、光だけを目指して。

ようやく辿り着いてみればそこには、カロリーメイト以外が売り切れだったり財布を車に置いてきたことが発覚したり、周到で地味な三段オチが待っており、オロオロ翻弄される三十男のひとり劇場を、自販機のあかりがぼぅと照らし出していた。